人知れず頑張るあなたへ

2021年08月01日(日曜日)

新型コロナウイルスの感染拡大から地域医療を守るために人知れず頑張る人たちへのエールをこめた絵本を作った医師。
その横顔にクローズアップしました。

診療部長・総合診療内科部長・感染制御部長
中島 智樹

― 普段はどんな仕事をしていますか?
 私は普段、総合診療内科部長として内科疾患の診療にあたるとともに、感染制御部の部長としても院内感染の予防や対策に尽力しています。
院内感染が起きないように徹底した職員への感染対策指導、病棟や外来での診療環境の整備、職員の院外での行動に関する細かい指導などが必要です。これらを日々継続していくことがいかに難しいか、もっと広く言えば当たり前のことを維持し続けることがいかに困難かを絶えず実感し、どちらかといえば病院のなかで人知れずコツコツと活動している毎日です。実は京なでしこの「歴史好き内科医の歴史噺」のコーナーを担当したのも私です。

― 絵本を作ったと聞きましたが...きっかけはなんですか?
 社会に新型コロナウイルスの感染が広がり始めた2020 年の初めは、世間でさまざまな噂がとびかいました。院長のリーダーシップと感染制御部の協力、そして職員の努力もあり院内感染は起きていませんでしたが、当院も他の病院と同様、患者さんが自然と病院の受診をひかえる傾向がみられ、外来患者さんや入院患者さんが減少しました。
その時に、ちょうどある出版社が一般人を対象にした作品コンクールで原稿を募集しているのを目にしました。私は病院では医師として働いていますが、家庭では一児の父としての日々を送っています。子どもが幼かった頃に寝かしつけのために即興で作ったお話のなかに、自分のお気に入りがあったのでコンクールに出してみようと思いました。
コンクールに応募した後に「絵本を出版してみてはどうか」という提案をいただきました。これが絵本作りの始まりでした。

―どんなお話ですか?
 リス、キリン、ゾウの動物たちが繰り広げるお話です。ゾウさんは、キリンさんの作った家に上ったリスさんが、海を見てはしゃいでいる姿を見て、 自分もリスさんに喜んでもらえるような高い家を作りたい、自分も一緒に海をみたいという一心で家を作りはじめます。リスさんとキリンさんに忘れら れたのではと思うこともありましたが、最後には夢がかない、みんなで海を見ることができて、これまで以上の深いきずなが生まれた、というお話です。
 ゾウさんは、コツコツと努力をして得をしたわけではありません。ですが、ゾウさんはみんなに喜んでもらえて、友達とのきずなも深まり、何にも変えがたい幸せな気持ちになったはずです。私たちの仕事もそれに似ている面がありませんか?
 「リスさんにきれいな海を見てもらって喜んでもらいたい」、そして「自分も一緒にそれを見て喜びたい」、という気持ちは、「病と闘う患者さんに元気になってもらいたい」、そして「元気になった患者さんと一緒に喜びたい」、という気持ちに通じるものがあると思います。そしてその気持ちが、医療従事者の原点であると私は思ってきました。しかし今回の新型コロナウイルスは、医療従事者にとってその気持ちをくじけさせるほどのすさまじい病魔でした。

― 当院も感染対策や地域医療を守るための取り組みに追われましたね。
 未知の感染症だけに、診療中に自分も感染しないだろうかと不安を抱く職員や、通常とは違う職場環境にとまどう職員、さらに当院では初期に感染者が出たことが報道されたことで世間からの風当たりを強く感じる職員もいるなかで、新型コロナウイルスと向き合っていかなければなりませんでした。私も感染制御部の部長として、院内の新型コロナウイルス対策や診療に、スタッフと一緒に取り組んできました。
 こんな絵本を作るつもりだとスタッフに伝えたところ、コツコツと頑張るゾウさんの姿が自分たちの姿と重なり共感してくれました。そこで私はこの絵本がみんなの励みになるように、絵本のゲラ刷りをスタッフに見てもらい、一緒に絵本の帯の文章を考えようと提案しました。帯に書かれた「自分の知らないところで頑張ってくれている仲間がいる。
あなたのまわりにこんなゾウさんはいますか?」という文章はそのようにしてできたものです。

― このお話を通して誰に何を伝えたかったですか?
 新型コロナウイルスは医療現場に多くの負担をかけることになりましたが、今考えると、新型コロナウイルスを通じて、職員全員の感染症に対する意識が変わりました。感染制御部にも協力的な雰囲気が形成され、それが病院としての結束を強めたように感じます。少し感染者数は減ったものの、まだまだ安心できない状況ですが、ワクチン接種者がどんどん増えて、医療現場でも、絵本のなかでリスさんとキリンさんとゾウさんが見た青くて広々としたきれいな海を見られる日がくることを信じて頑張りたいと思います。
 全国でゾウさんのように人知れず頑張る医療従事者のみなさんにも、新型コロナウイルスによって大変な思いをしているたくさんの人たちにも、エールを届けたいと思っています。

中島 智樹 (なかじま ともき)

済生会京都府病院 診療部長・総合診療内科部長・感染制御部部長。日本内科学会認定総合内科専門医、日本消化器病学会認定消化器病専門医、日本肝臓学会認定肝臓専門医。 1988年京都府立医科大学卒業、大津市民病院、京都府立与謝の海病院(現 北部医療センター)、京都府立医科大学付属病院の勤務を経て、 2006年に済生会京都府病院に着任。2018年より現職。臨床研修プログラム責任者として後輩医師の指導にも尽力する。

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