環境変化によるこどもたちへの影響

2023年09月14日(木曜日)

社会や生活の変化、未知の感染症などによる環境の変化にこどもたちはどんな影響を受けているのでしょうか。
小児科医師に聞いてみました。


- 小児科部長 勝見 良樹

 平日は学校から帰ったら、公園や空き地で友達と野球やおにごっこをして遊び、休日は学校の運動場に忍び込み、川や池でザリガニや魚を捕まえ...。テレビゲームやYou Tubeがなくても、私たちのこどものころは身の周りにたくさんの遊びがあり、外で遊ぶことに今のようなさまざまな制約や苦情はありませんでした。
 今のこどもたちの主な遊びとはなんでしょうか? 昔の常識は、今となっては非常識となってしまいました。

 さらに、ここ数年の新型コロナウイルス感染症の流行により感染予防を第一優先にされるため、さらに多くの制約が生じ、現代のこどもたちにも常識であったことが、おそらく一時的ではありますが非常識となっていました。コロナ禍当初には数か月におよぶ休校・休園と隔離生活(親も)。給食中も黙食&パーティションによる半隔離。参観日・遠足・運動会・文化祭・修学旅行・林間学校など、行事は軒並み中止。今もある程度のマスク生活を強いられています。あたり前の生活が突然あたり前ではなくなり、大人だけでなくこどもたちもさまざまなストレス下に置かれるようになりました。感染予防第一の観点からは前述のような予防策は仕方のないことだったのかもしれません。しかし、この3年間におよぶ非日常的な生活は間接的に間違いなくこどもたちに悪影響を与えています。
 では、このような時代の長期的変化やコロナ禍による短期的変化は、こどもたちにどのような影響を与えているのでしょうか?


① 感染症患者の増加と重症化

 ここ数年のコロナ禍による隔離・半隔離生活は、免疫力の低下の原因となっています。宇宙飛行士が地球に帰還した後に抗重力筋が衰えてしまうように、こどもたちはここ数年の感染予防策のため、かぜに弱くなってしまいました。これは、さまざまな感染症の罹患者数の増加や重症化につながってしまいます。隔離生活は緩和されてきているので、おそらく来年や再来年には、この点は解消されてくると思いますが、少なくとも今年度はこどもたちも私たちもさまざまな感染症の大流行に悩まされ続けるのではないでしょうか。


② アレルギー疾患の低年齢化と患者の増加

 花粉症が国民病といわれ、花粉症の低年齢化もニュースでよく見かけるようになりました。確かに、昔に比べ食物アレルギーやアレルギー性鼻炎のこどもは明らかに増えています(図1、2)。なぜこどもたちのアレルギーは増えたのでしょうか?
 アレルギーの発症には環境衛生的な側面が影響しているといわれています。衛生仮説という考え方があり、「乳幼児期の感染機会の減少と環境中の細菌抗原などへの曝露の減少が、むしろアレルギーの発症に寄与している」といわれています(図3)。実際にさまざまな疫学調査により、この仮説は立証されています。昔のように衛生状態の整っていなかった環境の方がむしろ食物アレルギーの発症の側面からは良かったということになります。ここ数年の感染予防策がどのくらいアレルギーの発症に関わってくるかはわかりません。しかし、短期的長期的な衛生環境の改善がむしろアレルギーの発症には負の影響を与えていると考えられています。


③ こころにストレスを抱えたこどもたちの増加

 昔に比べ不登校のこどもたちが増えています。いじめ、友人関係のつまずき、先生との関係でのつまずき、勉強についていけない、朝起きられない、頭やお腹が痛い、なんとなくだるい。不登校の理由はいろいろです。これらが重なっていることもありますし、④に示す発達特性がベースにあり集団生活がつらい場合もあります。また明確な理由がわからず、本人に聞いても「理由はわからないが学校に行けない」というこどももいます。2020年はコロナ禍で当科への受診患者数は激減しました(図4)。
 一方、摂食障害、過敏性腸炎、偏頭痛、緊張性頭痛、起立性低血圧、不登校などストレスが誘因となりうる疾患で当科を受診した患者数は、2020年に増えていることがわかります(図5)。2021年以降、この傾向は少し改善されているように実感していますが、昔に比べストレスの多い環境下にあるこどもたちは前述のようなストレスを誘因とした疾患を発症するリスクが高くなっています。SNSの普及も悪影響しているかもしれません。私たちがコロナ禍で経験した、なんとなく余裕のない生活で他人にあたってしまうような状況は、新型コロナウイルス感染症の分類が5類に変わっても現代のこどもたちには残っています。SNSの普及により人との関わりがより複雑化したことで、このようなこどもたちのストレスは大人の知らないところでこどもたちをむしばんでいるかもしれません。


④ 発達特性のあるこどもたちの増加

 通常の学級に在籍する小中学生の8.8%に学習や行動に困難のある発達特性の可能性があると昨年文部科学省は発表しました。ちなみに、10年前の同調査では6.5%でした。発達特性の可能性のある生徒が増えたのは、周囲の環境的な変化が要因ではないかもしれません。自閉症スペクトラム障害(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)に代表される発達特性は、その概念がさまざまなところで知られるようになり注目される分野であるため診断されやすくなっていると考えられます。一方で、コロナ禍に生まれたこどもは、コロナ禍前に生まれたこどもに比べて、言語や対人関係のコミュニケーションの分野で少し発達の遅れがみられるとの報告も海外にはあります。これは、おそらくコロナ禍で乳幼児期の対人関係の構築経験が少なくなってしまったことが理由と考えられます。周りの大人がマスクばかり着けている生活では、乳幼児は口の動きや微妙な表情の変化による感情の読み取りが育たなくなってしまいます。このことから発達は環境により大きく左右されることがわかります。
 昔なら「個性の強いこども」や「ちょっと他の子とは違う感じのこども」とされ、あまり問題にされてこなかったようなこどもでも、(本人が悪いわけでなく)学校という社会にうまくなじめずに孤立してしまったり、さらに不登校になったりしてしまうことがあります。保護者、学校・幼稚園・保育園、行政、そして私たち小児科医の第一の役割は、このようなこどもたちにどのように「居心地の良い居場所」を提供してあげるかということにつきます。

 日本は超高齢社会となり、こどもたちの人口は減少の一途をたどっています。ですが、私たち小児科医は決してヒマな科になったわけではなく、環境の変化とそれによるこどもたちへのニーズの変化により、多様な対応を求められるようになりました。これからも、こどもたちのために何か力になれることはないかを考え、日々の診療を行っていきたいものです。


私たちからの提言

● かかりつけ医を持ちましょう!

 ちょっとしたこどもたち個々の変化に気づき対応するためには、気軽に受診し、相談できるかかりつけ医を持つことが大切です。

● ワクチンを接種しましょう!

感染症やその重症化を予防することのできる病気が増え、無料で接種できるワクチンも増えています。
決して副反応はゼロとはいえませんが、こどもたちの健康のためにできるだけスケジュール通りにワクチンを接種するようにしましょう。


勝見 良樹 (かつみ よしき)

小児科部長
2000年宮崎医科大学卒業。同年京都府立医科大学小児科に入局。済生会滋賀県病院勤務を経て、2004-2008年京都府立医科大学大学院小児発達医学にてラブドイド腫瘍(小児がん)の基礎研究。公立南丹病院勤務を経て、2014-2017 年米国アルバートアインシュタイン医科大学遺伝学講座に留学。2017年から京都済生会病院に勤務。
医学博士、日本小児科学会認定小児科専門医指導医、日本血液学会認定血液専門医、日本アレルギー学会認定専門医、日本小児感染症学会認定小児感染症認定医、InfectiousControl Doctor、京都府立医科大学小児科臨床准教授、京都府立医科大学小児科特任講師。
掲載の「京なでしこ」を見る

カテゴリ:

  1. 全ての一覧

ページ
先頭へ