歴史好き内科医の歴史噺(4)

2020年11月01日(日曜日)

 戦国時代も終盤、豊臣秀吉が天下統一を果たしましたが、徳川家康が江戸幕府を開き、大阪冬の陣、夏の陣を経て豊臣氏は滅亡、ようやく平和な世の中になりました。
 いつものように病魔大王は息子の病魔童子と酒を酌み交わしています。「たぬきじじいと呼ばれる家康を討伐にいかれますか?」と息子に聞かれると「いやいや、あの家康にまかせておけば平和が保たれる。家康はわしがつけこむスキもないほど『健康オタク』じゃよ」と病魔大王は説明を始めました。
 いくら強大な勢力をもっていても病魔によって討伐された武将は数多くいます。家康は大阪夏の陣のときには74歳を迎えていましたがいたって健康でした。75歳で亡くなりますが、死の床につく直前まで元気に鷹狩りをしていたといいます。では、家康が長寿を全うできた理由は何だったのでしょうか。所説ありますが、大きくわけて「適切な食事(バランスの良い食事)」「効果的な運動(乗馬・武芸・剣術・弓術・水泳)」「豊富な薬の知識(薬学を独学、薬を自分で調合)」などがあげられます。病魔大王は「1回しかない命を大切に最期まで生き抜いた姿はあっぱれじゃ」と言い、その後、病魔大王が地上に降り立つ必要もなく徳川幕府は260年以上も続きました。

診療部長・消化器内科 中島智樹
病魔大王のお話し全編はこちら▶

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