骨盤臓器脱 ―シニア女性の生活の質を下げる子宮脱、膀胱瘤、直腸瘤―
2023年03月22日(水曜日)力を入れたとき陰部に何かでてきた。(下垂感)
挟まっている感じがする。(不快感)
入浴時にピンポン玉のようなものがでてきた。(異物感)
おしっこに行きたい感じがあるのになかなか尿がでない(排尿困難)
トイレに何回もいきたくなる。(頻尿)
便がでにくい。すっきりしない。(排便困難)
上のような症状に悩んでおられる方はまあまあいらっしゃるのではないでしょうか。
骨盤臓器脱とは骨盤の中にある臓器(子宮、膀胱、直腸)が本来ある位置から少しずつ下がってきて腟から外に出てくる病気です。子宮が下がってくる状態を子宮脱、膀胱が下がってくるのを膀胱瘤、直腸が下がってくるのを直腸瘤と呼んでいますが、それらをひっくるめて骨盤臓器脱と呼びます。骨盤臓器を支えている骨盤底筋や靭帯(じんたい)が弱くなって骨盤内の臓器、子宮や膀胱を支えきれなくなるからで、支えが弱くなる場所により、子宮脱になったり、膀胱瘤になったり、直腸瘤になったりします。
海外の報告では骨盤臓器脱の症状がある女性の割合は20歳代では0.5%、40歳代では2.3%、60歳代では5.1%と年齢が上がるにつれて骨盤臓器脱の症状のある女性が増えてきます。(J.M.Wu et al. Obstet Gynecol 2015より) 症状はなくても婦人科的診察で子宮や、膀胱、直腸が腟の方に少しだけ下垂している人を含めると、全女性の約50%は骨盤臓器脱があると推定されています。今月はこの骨盤臓器脱についてみていきましょう。
1.骨盤臓器脱の症状
正常の骨盤内臓器は右の図1のようになっています。これは体をちょうど真ん中で割った断面図です。
子宮下がってきても 図2のように腟の外までとびだしていなければ(子宮下垂)、症状はほとんどないことが多く、人によっては下腹部の張りを自覚することがあります。
さらに子宮が下がって腟の外側に顔を出すようになれば(図3)外陰部の違和感、挟まった感じ、腟から硬いコリコリしたものが飛び出しているのを触れます。(子宮脱)これは指で押し込むと中に入っていきます。
子宮が腟の外に飛び出していると、子宮頸部の粘膜が乾燥したり、下着にすれたりして傷つきやすくなり出血の原因になります。
膀胱が下がってきた状態を膀胱瘤といいます。(図4)子宮とちがって膀胱には尿がたまるので出てきたものはふわふわしています。腟の外に出ている部分にたまっている尿は排尿の時にはでてきません。膀胱がかなり下がってくるとおしっこに行きたいのにトイレに座っても少ししか尿が出ない、そして何回もトイレに通うということになります。この場合は指で出ている膀胱を押し上げてやるか、いったん横になって(横になると重力がかからないので、出ていた膀胱は引っ込むことが多いです)からトイレに行くと尿がうまくでることがあります。
いつも尿がすっきりでなくて古い尿が溜まった状態になると膀胱炎を起こすことがあり、膀胱炎がひどくなると腎盂腎炎といって、高熱がでて背中から腰が痛くなる、腎臓に炎症がおきる病気に発展する場合もあります。
直腸が下がって腟の方に膨らんでくるのを直腸瘤といいます。(図5)腟から出てくるものはやわらかくて膀胱瘤とおなじです。触っただけでは膀胱が下りてきているのか、直腸が下りてきているのかはわかりません。腟側に膨らんでいるところに便がたまるとなかなか排便できません。いきみ(努責)により、さらに直腸がさがってでてきますので、ますます便が出にくくなります。
骨盤臓器脱は1つの臓器だけ下垂しているわけではなく、子宮と膀胱、子宮と直腸というように複数の臓器がいっしょになって腟からでてくるばあい場合があり、図6のように子宮がぜんぶ腟からでてしまって、さらに膀胱も下がってきている場合は歩くのにも支障が出て、生活の質は低下します。(図6)
また、子宮筋腫などで子宮を摘出した後、腟が下がってくる場合もあります。下がってきた腟のなかには膀胱や小腸が入り込みます。(図7)
2.骨盤臓器脱の原因
骨盤の底を形作っているのは骨盤底筋群でいくつかの筋肉でできていて骨盤内の臓器を支えたり、身体の姿勢を保ったり、排尿排便をスムーズにしたりする役割があります。骨盤底筋のなかでも一番深いところにあり、骨盤の底全体をカバーしているのが肛門挙筋で(図7)、尿道括約筋(尿が漏れないようにする)や肛門括約筋(肛門を締めて便が漏れないようにする)も骨盤底筋群に含まれます。
骨盤内の臓器は子宮、膀胱、直腸だけでなく、小腸や大腸の一部も骨盤に入り込んできます。妊娠すると重い妊娠子宮が骨盤底筋群の上に乗っかってさらに分娩のいきみで腹圧が上がり骨盤底筋群はそれらの圧力をすべて受け止めなければなりません。このため、妊娠分娩を経験した女性では骨盤底筋群が弱っていることが多いです。この場合、くしゃみや咳などお腹に力を入れたときに尿がもれる(腹圧性尿失禁)(尿漏れ(尿失禁))症状が出てきます。
年齢が上がると加齢による影響も加わって、子宮や膀胱などの骨盤内の臓器が下垂、腟から脱出してきます(骨盤臓器脱)。出産経験のない女性でも介護等で腹圧がかかる動作を絶えず行っている場合は骨盤底筋が弱って骨盤臓器脱になることがあります。
骨盤臓器脱がひどくなる要因はつぎの3つです。
1.肥満(内臓についた脂肪の重みがずっと骨盤底筋にかかりつづけます)
2.便秘(便が出にくい時にいきむ動作で腹圧があがり骨盤底筋群に圧がかかります)
3.慢性の咳(咳は瞬間的に大きく腹圧が上昇します。咳が頻回の場合骨盤底筋には絶えず負担がかかっています)
3.骨盤臓器脱の治療
根本的な治療は手術になりますが、症状が軽い場合や、さまざまな理由で手術が受けにくい方は手術以外の対処方法があります。
<手術以外の対処療法>
① 骨盤底筋体操
骨盤底筋を鍛える体操で、腹圧性尿失禁も改善します。年齢は関係なく何歳でも筋肉は鍛えると結果は出ます。
鍛えられる筋肉は出そうになるおならを我慢するとかウンチを途中で切るときに使う筋肉です。
この体操は仰向けに寝ている姿勢、四つん這いの姿勢、立っているとき、座っているときのどんな姿勢で行っても問題ありません。
肛門と腟をゆっくり締めて5秒(1から5まで数える)くらい締め続けてからゆるめるというのを5回繰り返し、これを1セットとします。1日10セットが目安ですが、はじめから一度に頑張ると筋肉も疲れてしまいますから、はじめは少ない回数で、1日のうちにこまめに分散して行ってください。できるようになれば1日20セット以上行うと効果が現れます。
ただし、骨盤底筋を締めているつもりで腹筋も締めていることがあり、腹筋を締めると腹圧をかけているのと同じ状態になり、骨盤底筋を鍛えている意味がありませんので、お腹には力をいれないで行ってください。
日常生活で気が付いたら肛門を5秒くらい締めるというのが長続きするかもしれません。
骨盤底筋体操が適切に行えているかどうか心配な方は、当院では皮膚排泄ケア認定看護師が正しい骨盤底筋体操の方法を教えてくれますので、まずは産婦人科を受診いただきご相談ください。
● 骨盤低筋体操の方法
骨盤底筋体操はいろいろな体勢でできます。下の図を参考に行ってみてください
仰向けの姿勢で
(1)仰向けに寝て、足を肩幅に開きます。
(2)ひざを少し立てて体の力を抜き、肛門と膣を締め、締めたままゆっくり5つ数えます。
(3)5つ数えたら力を抜きます。
もし途中で力が抜けてしまったら、また締めなおしてください。体操を続けて筋力が強くなれば、締め続けることができるようになります。
ひじやひざをついた姿勢で
(1)床にひざをつき、クッションの上にひじを立てて、手であごをささえます。
(2)肛門と膣をゆっくり締め、締めたままゆっくり5つ数えます。
(3)数え終わったら力を抜きます。
新聞を床に広げて読むときなど気軽にできます。
机にもたれた姿勢で
(1)机のそばに立ち、足を肩幅に開きます。
(2)腕を肩幅にして、手を机の上に置きます。
(3)この姿勢で、体重を全部腕に乗せます。背中はまっすぐに伸ばし、頭を上げて前を見ます。
(4)肩とお腹の力を抜いて、肛門と膣を締めます。
(5)3~5秒締めたら力を抜いてください。
台所のシンクやデスクを使ってもできます。
すわった姿勢で
(1)床につけた足を肩幅に開きます。背中をまっすぐに伸ばし、頭を上げて前を見ます。
(2)肩の力を抜き、お腹が動かないよう、お腹に力が入らないように気を付けて、ゆっくり肛門と膣を締めます。
(3)3~5秒締めたら力を抜いてください。
バスや電車に乗っている時や、家でテレビを見ている時にも行えます。
※女性櫃尿器科テキスト 竹山政美 編著 MCメディカ出版より改変
② ペッサリーリング
腟の中にリング状の固定具をいれて子宮や膀胱が下がってこないようにする方法です。ペッサリーにはいろいろな種類があり、骨盤臓器脱の状態により使い分けています。図9のように恥骨の後ろと子宮の後ろ(後腟円蓋)で落ちてくる膀胱や子宮を支えます。定位置に挿入されると違和感はなく、下垂の症状も消失します。ただ、サイズが合わない場合には軽いいきみでペッサリーが落ちてしまうので、サイズの変更や形の変更が必要となります。
長い期間腟のなかにペッサリーが入っていると、ペッサリーは異物であるため、炎症がおこり(腟炎)おりものが増えたり、出血したりします。このため2~4か月に1回くらい洗浄とペッサリーの確認に外来通院が必要です。炎症が強く出血が続く場合はペッサリーを一時的に抜いて腟粘膜を休ませることもしています。何年も放置されたペッサリーは炎症が進んで腟に穴があいて、ペッサリーが直腸や腹腔内に出てしまうこともあり、こうなると大掛かりな手術が必要となってきます。臭いおりものも大量にでます。
ペッサリーを使用する際のおすすめは自己着脱です。寝ている時、骨盤臓器は下がってきませんので寝る前に外して洗って乾かせて置き、翌日朝に自分で装着すると腟粘膜の負担も軽く、おりものや出血の原因になりにくいです。大きなペッサリーはなかなか自分で入れるのは難しいですが、最近は柔らかくて曲がりやすいタイプも発売されて自己着脱は以前に比べて容易になっています。
③ サポート下着
下着にクッションと呼ばれる突起のようなものがついていて、それで脱出してきた子宮や膀胱を押し戻す効果があります。
リングペッサリーが適さない方や手術前にリングペッサリーを外した際の下垂予防に使用されています。
・フェミクッション(女性衣料研究所)
クッションをホルダーにセットして脱出している部分に当て、下着タイプのサポーターを履いてクッションを固定します。サポーターにはベルトがついていて固定の調節が可能です。
<手術療法>
① 腟式子宮全摘+腟断端固定+腟壁形成(従来法)
産婦人科で以前より行われていた方法です。メッシュは使用せず、自分の身体の組織で補強をする手術方法でNative Tissue Repair(NTR)とも言われています。もともと弱っている自分の組織で修復、補強するわけで、15~30%に再発があります。腟から行う手術のためお腹に傷は残りません。
腟から子宮を摘出したあとに腟はそのままにしておくと下がってきて腟脱になりますので、骨盤の高い場所にある靭帯(仙骨子宮靭帯もしくは仙棘靭帯、下図)に固定をして下がってこないようにします。
膀胱が下がっている場合(膀胱瘤)は腟の前の壁を縫い縮めて補強します。(前腟壁形成術)
直腸が下がっている場合(直腸瘤)は腟の後ろの粘膜を開いて骨盤底筋である肛門挙筋で直腸の前側を補強し、腟を縫い縮めて会陰の形成もおこないます。(後腟壁会陰形成術)
合併症としてまれに膀胱や直腸を傷つける場合や、尿管(腎臓から膀胱に尿を運ぶ管)が手術の操作によって狭くなり、尿が通りにくくなることがあります。このような場合には傷ついた場所を修復したり、尿管の場合は狭くなっている場所の解除を行って対応します。
② 腟閉鎖術
高齢で腟を使わない方に行っています。手術時間は短く、手術が体に与える影響は小さいため、合併症などで大きな手術を行うことが危険な方には最適です。この手術は腟を閉じてしまうことによって腟から臓器がはみでないようにする手術です。中央腟閉鎖術と全腟閉鎖術があります。いずれの場合も性交はできません。
中央腟閉鎖術は子宮を摘出せずに前と後ろの腟の粘膜を剝いで前と後ろの腟を縫い合わせる方法です。左右に子宮まで届くごく細い穴が残ります。子宮癌検診は不可能ではありませんが、直接子宮の入口を観察できないため、子宮癌検診はやりにくくなります。ときに細い穴が拡がってその穴から骨盤臓器脱が再発する場合や、腟を閉鎖していた糸が外れて再発する場合があります。
全腟閉鎖術は子宮を摘出して腟をすべて閉じてしまう手術方法です。子宮はないので子宮癌の心配はありません。再発は中央腟閉鎖術にくらべてかなり少ないです。
③ 経腟メッシュ挿入手術(Tension free Vaginal Mesh:TVM)
2000年ごろにフランスで開発された比較的新しい手術方法でポリプロピレンのメッシュで落ちてくる腟を補強して子宮もメッシュに固定し、メッシュを仙棘靭帯や骨盤腱弓にひっかけて釣り上げる方法です。原則として子宮摘出は行いませんが、子宮に病変がある場合や希望される場合は子宮も摘出ができます。
膀胱瘤が主となる症状の場合は腟の前側の壁と膀胱の間にメッシュを埋め込んで補強し、このメッシュは子宮がある場合は子宮に固定して骨盤の支持組織(骨盤筋膜腱弓)に固定します。(下図)大きな膀胱瘤がある場合はこの方法が一番効果的に修復できます。
直腸瘤が主となる症状の場合は腟の後ろ側で直腸の前にメッシュを置いて子宮に固定したのち仙棘靭帯に固定します。
従来法と比べると再発率は低いですが、埋め込んだメッシュが外にでてくるという合併症がときにおこります。
腟のほうにメッシュが露出した場合はおりものがふえる、出血する等の症状が出現し、露出メッシュをカットする等の処置をおこないます。
まれに膀胱にメッシュが露出することがあり(1%程度)、この場合は膀胱結石の原因や繰り返す膀胱炎の原因となります。膀胱鏡でメッシュのカットや除去を行います。
ごくまれに直腸にメッシュが露出することがあり(0.5%未満)、この場合は大掛かりな手術が必要になってきます。
これ以外の術後の合併症や後遺症としてメッシュが原因の骨盤や臀部の痛みや性交通(3%以下)、メッシュに感染がおこり傷が開く、膿がたまる等(0.3%未満)、術後の尿漏れ(20~30%)があります。
膀胱瘤が大きい場合は尿が出にくい状態になっているため尿漏れは隠れていることが多いですが、手術により膀胱瘤が改善した後は尿が出やすくなり、隠れていた尿漏れがでてくる場合があり、これは長年膀胱が下がったままにしておくと尿道括約筋が弱って、しまりにくくなることも一つの原因です。尿漏れがひどい場合で腹圧性尿失禁と診断される場合には尿道の角度を変える尿失禁手術を行う場合もあります。
欧米ではメッシュによる重大な合併症や後遺症が頻発し、アメリカのFDA(食品医薬品局)は2019年4月に経腟メッシュ挿入術に用いられる外科用メッシュの販売の停止を命じたため、事実上経腟メッシュ挿入術はできなくなりましたが、わが国では重症の合併症の発生は少なく、日本製のメッシュが開発、発売されたため、経腟的メッシュ挿入手術は多数の施設で行われています。ただ、直腸へのメッシュの露出を避けるため、腟の後壁へのメッシュ挿入はよほどのことがないかぎり行わない方向になっています。
④ 腹腔鏡下仙骨腟固定術 (Laparoscopic sacrocolpopexy:LSC)
欧米では経腟的メッシュ挿入手術ができなくなったため、膀胱瘤の場合は腹腔鏡を用いて膀胱と腟の間にメッシュを挿入、直腸瘤の場合は直腸と腟の間にメッシュを挿入してこれを仙骨の前の靭帯に取り付けて引き上げる方法がとられています。
以前はこの手術は開腹術で行われていましたが、腹腔鏡でできるようになり、からだへの負担が格段に減りました。
子宮がある場合は子宮が邪魔になってメッシュを仙骨に固定するのが難しいため子宮の上半分(体部)を摘出し、頸部だけ残して、頸部を支持として仙骨に固定します。
子宮を全部摘出しても可能ですが、腟は柔らかく強固な固定ができないため、子宮の一部を固定用として残しています。
子宮体部は摘出しますので、子宮体癌にはなりませんが、頸部は残存しますので、子宮頸癌検診は必要です。
この方法は腟に傷(創)ができないためメッシュの露出が0ではないけれど非常に少なくなっています。ただ、お腹から膀胱と腟、直腸と腟を剥離してメッシュを挿入、縫合糸で固定を行いますので、腟からと違って腟の入り口付近までメッシュを挿入することはできません。このため大きな膀胱瘤がある場合は経腟メッシュ挿入手術のほうが治療効果は高いです。
直腸への合併症を避けるためこの方法でも直腸と腟の間にメッシュは入れない方向になっています。
最近ロボット支援下仙骨腟固定術が保険収載になり、剥離操作やメッシュ固定のための運針は楽にできるようになっています。当院はダ・ヴィンチ(手術用ロボット)は導入していないので、腹腔鏡下仙骨腟固定術を行っています。
加藤 淑子 (かとう よしこ)
産婦人科 顧問産婦人科・周産期センター