卵巣腫瘍・卵巣のう腫 ―良性の場合―

2024年10月22日(火曜日)

今月のテーマは卵巣腫瘍・卵巣嚢腫です。
卵巣にできる腫瘍を卵巣腫瘍と呼んでいますが、一概に卵巣腫瘍といっても良性腫瘍もあれば、卵巣がんに代表されるような悪性腫瘍もあります。卵巣の悪性腫瘍は卵巣腫瘍全体の10%程度で、良性の卵巣腫瘍の割合が圧倒的に多いです。さらに、良性ではないけれど卵巣がんほどは悪くない、良性と悪性の中間的な性格をもつ境界悪性腫瘍があるのも卵巣腫瘍の特徴です。
卵巣のう腫は良性の卵巣腫瘍で、袋状の腫瘍の中に液体や粘液、脂肪などを入れているものを指しています。
卵巣がんの説明は次の機会に譲って、今回は良性の卵巣腫瘍、卵巣のう腫についてみていきます。

1.卵巣は体のどこにありますか?

 卵巣は骨盤内の深いところにある臓器で、子宮とは卵巣固有靭帯でつながっており、骨盤漏斗(ろうと)靭帯(卵巣提索)で骨盤の壁につながっています。このように卵巣は子宮と骨盤の壁の間につりさげられている臓器です。このため、卵巣に腫瘍ができて多少大きくなっても、圧迫される臓器がないため、よほど大きくならないかぎり、症状はでてきません。

 骨盤漏斗靭帯の中には卵巣や卵管を栄養している血管、卵巣動脈および卵巣静脈が走っています。また、卵巣は卵管間膜で卵管とつながっています。
 卵巣動脈は右、左とも下大動脈から分岐していますが、卵巣静脈は右が大動脈から、左は腎静脈から分岐しています。

次に卵巣の働きについてみていきましょう

 卵巣にはたくさんの原子卵胞と呼ばれる袋の中に卵子が入っていて、(生まれたばかりの女の子の赤ちゃんは卵巣に30万個の卵子を持っているそうです)思春期になると脳からの指令が卵巣を刺激して卵胞が発育します。
 卵胞は顆粒膜細胞と莢膜細胞でできていて、卵胞ホルモン(エストロゲン)を合成します。

 卵胞が十分発育して成熟卵胞となると、卵巣の表面と卵胞の壁が破れて卵子が卵巣の外に飛び出します。これが排卵です。
 排卵の時には卵管が卵巣を被うようにぴったりくっついて飛び出した卵子を吸い込み、卵子がお腹の中に落ちないようにしています。
 排卵の後の卵胞は顆粒膜細胞や莢膜細胞が黄体(黄色い色をしています)を形作って黄体ホルモン(プロゲステロン)を分泌、妊娠に適した子宮環境を作ります。
 妊娠が成立しなかったら、排卵から2週間程度で黄体は退縮してホルモンの分泌がなくなり、月経がやってきます。その後黄体はさらに縮んで白体となります。

2.卵巣腫瘍の症状は?

卵巣に腫瘍ができるとどんな症状がでてきますか?

  • 腫瘍が小さい時はなにも症状がありません。良性の卵巣腫瘍の場合は大きくなっても症状がでないことが多いです。
  • 腫瘍がかなり大きくなるとお腹が張る(腹部膨満感)や体型の変化(お腹がでてくる)がおこります。
  • また、大きな卵巣腫瘍に圧迫されて尿が近くなる場合があります。
  • 茎捻転や破裂が起こると下腹部に激痛が起こります。
  • 腫瘍からホルモンが分泌される場合は不正出血がおこることがあります。

 卵巣は子宮と骨盤の壁の間につりさげられている臓器のため、卵巣に腫瘍ができて多少大きくなっても、圧迫される臓器がないため、よほど大きくならないかぎり、症状はでてきません。
 卵巣腫瘍は直径が6㎝を超えると手術が考慮されますが、中には直径が30㎝以上、内用液の体積が10L20L という巨大な卵巣腫瘍も稀にあります。それほど大きくなっても痛みやそのほかの症状がないことが多いため、太ってきたためにお腹が出てきたのだと勘違いしてしまう場合も少なくありません。

 手足は細くて、胸も痩せていて、妊娠もしていないのにお腹だけが大きく飛び出ている場合は卵巣腫瘍が大きくなっている可能性もあり、要注意です。

卵巣腫瘍の茎捻転

 卵巣に腫瘍ができて大きくなると卵巣固有靭帯や卵管、骨盤漏斗靭帯は引き延ばされるため 卵巣腫瘍は骨盤漏斗靭帯と卵巣固有靭帯を茎としてぶら下がっている状態になります。こうなると便をいきむなどのきっかけががあると容易にねじれてしまいます。これを卵巣腫瘍の茎捻転と呼んでいます。

 茎捻転が茎捻転が起こると卵巣動脈と卵巣静脈を巻き込んでねじれるため、卵巣には血液が循環しなくなり、卵巣が死んでしまいます。死んだ卵巣は卵巣内のいたるところから出血がおこり(出血壊死)、紫~黒色に色が変わって腫れてきます。
 同時に下腹部に激痛がおこり、緊急手術が必要となります。ねじれが軽度の場合で卵巣への血流が保たれていればねじれをもどして卵巣腫瘍のみを摘出する手術で対応できますが、出血壊死をおこして紫色になった卵巣はもはや回復しないため、卵巣卵管とも摘出(切除)が必要です。

卵巣腫瘍の破裂

卵巣腫瘍が破れて中から内容液が漏れると(卵巣腫瘍の破裂)、痛みの原因となります。 内用液の種類によっては腹膜炎の症状をしめしたり、癒着の原因になったりします。

3.卵巣腫瘍はどんな種類がありますか?

卵巣腫瘍をその発生母地(どんな種類の細胞からその腫瘍が発生したか)からみると大きく3つに分けられ、それぞれの腫瘍に良性、悪性、境界悪性の腫瘍があります。

  • 上皮性腫瘍
    卵巣の外側を被っている上皮細胞から発生する腫瘍で、どんな年齢層にも発生します。に多く、卵巣腫瘍全体の9割を占めます。この表層上皮性腫瘍の悪性のものを卵巣がんと呼んでいます。
  • 胚細胞性腫瘍
    卵子になる前の生殖細胞から発生する腫瘍で、中でも良性の成熟奇形腫(類皮嚢胞腫とも呼ばれていて腫瘍の中に脂肪や髪の毛などが入っています)は20~30歳代に多く卵巣腫瘍全体に占める割合は20~25%といわれています。
  • 性索間質性腫瘍
    卵子が入っている袋(卵胞)を形作る顆粒膜細胞や莢膜細胞、この周辺の間質系の細胞から発生する腫瘍で、さまざまな年齢に発生します。

良性の卵巣腫瘍は病理組織学的に次のように分類されています。

上皮性腫瘍
  • 漿液性嚢胞腺腫:サラサラの淡黄色の液体が入っている腫瘍
  • 粘液性嚢胞腺腫:ネバネバの粘液が中に入っている腫瘍
  • 類内膜嚢胞腺腫:子宮内膜に似た細胞でできている腫瘍で良性のものは稀
  • 明細胞嚢胞腺腫:淡明な細胞質を持つ腫瘍細胞で良性のものはきわめて稀
  • ブレンナー腫瘍:膀胱等の尿路(移行)上皮に似た細胞でできていて稀
胚細胞性腫瘍
  • 成熟奇形腫(類皮嚢胞腫):若い人に多い腫瘍で 皮脂腺、脂肪、髪、軟骨、歯などが入っている腫瘍です。
  • 卵巣甲状腺腫:腫瘍の大部分が甲状腺組織でできている。
性索間質性腫瘍
  • 性索間質性腫瘍:50歳代に多く中身の詰まった硬い腫瘍です。
  • 莢膜細胞腫:女性ホルモンを分泌することがあります。

ちなみに性索間質性腫瘍の代表と言われる顆粒膜細胞腫は良性ではなくて境界悪性~悪性に分類されています。

卵巣の腫瘍様病変(類腫瘍)

卵巣にはこの他、腫瘍ではないが、腫瘍のように見える腫瘍様病変という病態があります。腫瘍様病変は腫瘍ではないのである程度の大きさ(78㎝)でも中の液体が吸収されて小さくなり、消えてなくなりします。ただ、子宮内膜症性嚢胞は月経のたびに嚢胞のなかで出血が起こるので少しずつ大きくなってくることがあります。

  • 卵胞嚢胞
    卵胞は卵子を入れている袋です。排卵できなかった卵胞に水が溜まって大きくなる病態です。自然に消失します
  • 黄体嚢胞
    排卵した後、黄体の働きが活発になると黄体に水がたまってきます。妊娠初期は黄体嚢胞がみられることが多いです。次の月経が開始すれば黄体嚢胞は小さくなって消失します。まれに2~3カ月続く場合もあります。
  • 黄体化過剰反応(卵巣過剰刺激症候群)
    不妊治療で卵子を採取する際、卵巣を刺激する薬剤を用いると排卵が複数起こることがあり、それらが黄体化すると卵巣が腫れてくることがあります。ひどくなると腹水や胸水が貯留する場合もあります。次の月経がはじまると小さくなります。もし妊娠が成立すれば妊娠4カ月までは卵巣が腫れる状態が続き、その後は縮小します。
  • 子宮内膜症性嚢胞
    卵巣に子宮内膜の組織が出現して卵巣の中で毎月月経が起こるため卵巣に月経の血液(経血)がたまって腫瘍のようになります。たまっている血液は溶けたチョコレートのような性状のため、チョコレート嚢胞とも呼ばれます。卵巣チョコレート嚢胞は0.5%の確率で癌化すると言われています。大きい場合は手術が考慮されます。

子宮内膜症について、詳しくは済生ピックアップ「子宮内膜症ってどんな病気?― 現代病である子宮内膜症について詳しく知りましょう ―」を参考にしてください。

子宮内膜症ってどんな病気?― 現代病である子宮内膜症について詳しく知りましょう ―
4.卵巣腫瘍の診断方法は?

 卵巣腫瘍の診断には婦人科的診察(内診、外診)と画像検査が用いられます。血液検査で腫瘍マーカー測定も補助診断として用いられます。
 画像診断は超音波検査、CT検査、MRI検査が用いられ、卵巣腫瘍が10㎝未満で小さい時はプローブを腟から挿入して検査する経腟超音波検査が有用です。
 PET検査は悪性の診断がついたときのみ保険が適応されます。悪性の疑いだけでは保険が適応にならないため自費で数万円の支出になります。
 これらの検査によって、卵巣腫瘍が悪性でないかどうか、良性の場合でもある程度卵巣腫瘍の種類を推察でき、その結果により手術方法を選択します。
 最終診断は手術で腫瘍を摘出し、病理組織検査をおこなってはじめて確定診断が得られます。

 若い人に多い成熟奇形腫(類皮嚢胞腫)は脂肪を含む腫瘍のため、CTでは黒く抜けて見え、MRIT2強調画像)では白く染まってみえます。 

 漿液性嚢胞腺腫は薄い皮の中にサラサラの液体が入っている腫瘍でMRIT2強調画像では白く(膀胱と同じ濃度)、T2強調画像ではやや黒っぽくうつります。

 卵巣子宮内膜症性嚢胞(チョコレート嚢胞)は腫瘍ではありませんが、大きくなっていく場合もあり、超音波検査では嚢胞の内容液は、粗い顆粒状やすりガラス状にみえます。 

 これらの画像診断で良性の腫瘍はいずれの場合も壁が薄く、なめらかで中の内容液は均一です。壁の内側に充実性部分(塊り)があり、塊りの中に血流を認める場合は悪性の可能性が高いとかんがえられます。

5.卵巣腫瘍の治療

 卵巣腫瘍の治療の基本は手術療法です。ただ、悪性の疑いのない5㎝以下の小さい卵巣腫瘍の場合は経過観察をしていることが多いです。卵巣腫瘍は直径が6㎝以上になると茎捻転の可能性が上昇するため手術が考慮されます。また卵巣腫瘍が巨大になると腫瘍の一部から悪性の病変が出現することがあります(悪性転化)。巨大な卵巣腫瘍は手術の適応になります。
 良性の卵巣腫瘍は薬物で治療することはありません。ただし、卵巣腫瘍ではないが、腫瘍様病変の中で卵巣子宮内膜症性嚢胞の場合は月経が来ると卵巣の中で出血がおこり、内膜症性嚢胞が大きくなるため、月経を止めてしまう偽閉経療法や排卵を抑える低用量ピルで嚢胞を小さくすることができます。
 手術は開腹手術と腹腔鏡手術があり、良性の卵巣腫瘍であればよほど大きくない限り通常は腹腔鏡手術で摘出します。腹腔鏡手術は傷が小さいため身体の回復が早く、術後の痛みも少ないです。

卵巣腫瘍の腹腔鏡手術について

 腹腔鏡手術は、臍に1.5㎝、下腹部に1㎝の創(傷)が3か所の計4か所の術創(傷)で行います。へその傷からトロッカーと呼ばれる筒状の器具を挿入して、トロッカーを通してスコープ(カメラ)をいれます。
 トロッカーには炭酸ガスを注入する入り口があり、おなかのなか(腹腔内)に炭酸ガスを充満させてライトのついているスコープで観察しながら径5㎜で柄の長いピンセットや超音波メス等の器具で手術を行います。
 この小さい傷から6㎝以上の腫瘍は取り出せないため、摘出した腫瘍は袋の中に入れて中の液体を吸い出して皮だけにして体の外に出します。
 この場合目に見えないような細胞が袋のそとにこぼれ落ちることがあり、もし腫瘍が悪性の場合は悪性の細胞がお腹の中に落ちると再発の原因になることがあります。
 このため、悪性の可能性が高いと考えられるケースに対しては腹腔鏡手術を行わず、開腹手術で対応することが多いです。
 良性の卵巣腫瘍の手術は妊娠可能な年齢の女性に対しては卵巣腫瘍だけをくり抜いて摘出し、正常の卵巣と卵管は残すようにします。
 閉経後は卵巣からはホルモンの分泌はほとんどなくなるため、卵巣と卵管をまとめて切除することが多いです(子宮付属器切除術:卵巣・卵管を子宮付属器と呼びます)。

 最近卵管が卵巣がんの原因になると言われてきています。特に卵巣がんのなかで漿液性嚢胞腺癌という種類の卵巣がんは卵管から発生すると言われており、卵巣がんのリスクを低くするために子宮摘出手術や妊娠の予定のないご婦人の卵巣腫瘍の手術の際に両側の卵管を切除するケースが多くなってきています。

 手術によって摘出した卵巣腫瘍は病理組織検査でどのタイプの腫瘍かを診断しますが、もし卵巣がん等の悪性の細胞が見つかれば、追加の手術や化学療法(抗がん剤)が必要となります。 

加藤 淑子 (かとう よしこ)

産婦人科 顧問
産婦人科・周産期センター

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