RSウイルスワクチンが妊婦さんに利用できるようになりました!
2024年12月18日(水曜日)生まれたばかりの赤ちゃんは抵抗力が弱くいろいろな病原体(細菌やウイルスなど)に感染しやすく、感染すると重症になりやすいです。
お母さんにいろいろな病原体に対する抵抗力(抗体)があると、胎盤を通して抗体は赤ちゃんに移行し、生後数カ月間、赤ちゃんは感染症から守られます。(母子免疫)。
生後6カ月が過ぎるとお母さんからの移行抗体は消えてしまいますが、その頃より赤ちゃんは自分で抗体(抵抗力)を作ることができるようになります。
子供の呼吸器感染症を引き起こすウイルスとして、最も重要なウイルスであるRSウイルスによる感染症の重症化を防ぐ効果が高いRSウイルスワクチンが2024年5月末から一般診療で利用可能となりました。
妊婦さんに接種することにより、おなかの赤ちゃんをRSウイルスから守ることができます。
RSウイルス(Respiratory Sincytial Virus)はニューモウィルス科に分類されるRNAウイルスで、子供の呼吸器感染症を引き起こすウイルスとして、最も重要なウイルスです。
RSウイルス感染症はRSウイルスに感染することによって起きる呼吸器の感染症で5類感染症に指定されています。毎年12万~14万人の乳幼児が感染し、そのうち3万人は重症化し、入院が必要な状態になります1)。2歳になるまでに乳幼児のほぼ100%がRSウイルスに感染します。特に生後6カ月までの赤ちゃんは重症になりやすく、肺炎、無呼吸、急性脳症などもひきおこします。
感染の経路は飛沫感染(咳やくしゃみで飛び散った飛沫のなかにウイルスが入っていて、これを吸い込むことにより感染する)と接触感染(感染者の唾液や鼻汁の中に多量のウイルスが含まれていて、これに触れた手指で顔をさわったりご飯を食べたりすると感染する)ですが、RSウイルスは主に接触感染で伝搬します。
RSウイルスに感染すると4~5日の潜伏期のあとで風邪のような症状(下記)がでます。
- 発熱
- 鼻水
- 咳
- 喘鳴(ぜいぜい、ヒューヒュー)
- 息が苦しくなる
このような症状が数日つづいたあと治っていきますが、約30%の乳幼児では気管支炎や肺炎を起こして重症化し、入院治療が必要となります。特に新生児や生後6カ月未満の乳児では呼吸が止まってしまうことがあり、命が危なくなる場合があります。
特に重症化するリスクの高い下記の乳幼児に対しては RSウイルスの流行する初期に感染予防を目的として 抗RSウイルスモノクローナル抗体の投与が行われます2)。
- 在胎28週以前の早産で生まれた生後12か月までの赤ちゃん
- 在胎29週~35週の早産で生まれた生後6カ月までの赤ちゃん
- 生後24か月までの乳幼児で下記の疾患を持っている場合
- 気管支肺異形成症
- 血行動態に異常がある先天性心疾患
- 免疫不全
- ダウン症候群
- 肺低形成
- 気道狭窄
- 先天性食道閉鎖症
- 先天代謝異常症
- 神経筋疾患
また、RSウイルスは高齢者の気管支炎や肺炎の原因となるウイルスとして重要です。肺や心臓に病気を持っている高齢者はRSウイルスに感染すると重症化しやすく、高齢者がRSウイルスに感染するとインフルエンザよりも重症化することが報告されています。高齢者施設での集団感染も報告されており、このため高齢者もRSウイルスワクチンの対象となっています。
我が国ではRSウイルス感染症に利用できる抗ウイルス薬は現在のところありません。このため、症状に応じた治療(対症療法)を行います。
ただ、C型肝炎の治療薬であるリバビリンはRSウイルスにも活性があることが判明しており、米国では小児にかぎってリバビリン吸入薬の使用が認められていますが、日本では利用できません。
乳幼児がRSウイルスに感染すると、鼻水や鼻づまりが強く、自分で鼻水を出すことが困難のため吸引器などを用いて鼻腔内の鼻水を吸引する必要性があります。肺炎や気管支炎になると酸素を取り込むことが困難になり低酸素血症をきたす場合には酸素吸入を、呼吸補助が必要な重症の乳幼児には気管内挿管を行い、人工呼吸が必要になります。
息が苦しくなると(呼吸困難)ミルクや食物を摂取することが困難になるため、輸液が必要となり、喘鳴(ぜいぜいいうこと)がひどくなると喘息の治療を行う場合もあります。
このようにRSウイルス感染症に対する治療はウイルスを退治する治療ではなく、症状をやわらげる対症療法しかありませんので、RSウイルスに感染しないように予防することがたいへん重要になってきます。
RSウイルスの予防法について見ていくまえに免疫のおはなしをします。
「免疫」はウイルスや細菌などの微生物が体の中に入ってきた時や、自分の細胞とは異なる細胞が体の中にできたときに、それを異物として認識して排除し、身体を健康に保つしくみです。
身体の中に細菌やウイルスが入ってきた場合、また、自分と違う細胞(癌など)が出来てきた場合にはすぐさま血液中にいる白血球が攻撃を開始しますが、細菌やウイルスはどんどん増えて白血球との直接対決では間に合わなくなります。
そこで体に入ってきた病原体にどのような特徴があるかを白血球が認識してその情報をB細胞と呼ばれるリンパ球に伝達し、B細胞は病原体に対する抗体(いわゆる武器です) を大量に作ります。これによってウイルスが制圧されます。(液性免疫)
免疫を担当する細胞はBリンパ球だけではなくTリンパ球も関与しています。(細胞性免疫)
T細胞(Tリンパ球)にはいろいろな種類があります。異物が侵入したことを知らせるヘルパーT細胞、異物をやっつけるNK細胞(Natural Killer 細胞)、ヘルパーT細胞の指令を受けて特定のウイルスなどをやっつけることに特化したキラーT細胞などです。
異物が侵入した場合真っ先に樹状細胞やマクロファージが捕食してヘルパーT細胞に情報を送ります。ヘルパーT細胞はインターロイキンなどの物質を放出してキラーT細胞に指令を出します。指令をうけたキラーT細胞は異物と同時に感染した細胞もやっつけに行きます。
一方、NK細胞は体の中を常にパトロールしていて、細菌やウイルスなどの病原菌やがん細胞を発見すると、ほかの細胞の指令なしで極めて強い殺傷能力でいち早く攻撃を始めます。
RSウイルスに対する抗ウイルス薬がない現在は予防がたいへん重要になってきます。
RSウイルスの予防は大きく分けて3つあります。
RSウイルスの主な感染経路は接触感染といわれています。
接触感染はウイルスが多量に含まれる鼻汁や唾液、痰など触れた後手を洗わずに顔をさわったり、食事をしたりするとウイルスが体内に入り感染が成立します。
乳幼児は手や衣服にも相当量のウイルスが付着しており、RSウイルスに感染した乳幼児のお世話をした後はかならず手を洗うことを心がけてください。
また、RSウイルスは飛沫感染によっても感染します。
RSウイルスに感染した人が咳やくしゃみをすると、飛沫が飛び散り、飛沫のなかにはウイルスがいますので、これを吸い込むと感染が成立します。
飛沫感染を予防するにはマスク(サージカルマスク)の着用が有用です。
感染してから抗体が十分できるには時間がかかります。その間細菌であれば抗生物質で、抗ウイルス薬があるウイルスは薬剤で治療することができますが、抗ウイルス薬がないRSウイルスはそれができません。抗体が十分量体内にあれば、次にRSウイルスが体の中にはいってきたときには感染を防ぐことができ、もし感染しても重症になりにくいです。
このため、RSウイルス用の抗体(モノクローナル抗体)が開発され、RSウイルスの流行期間に投与することにより感染から守ることができるようになりました。
このように自分以外の個体が作った抗体を利用して感染を防ぐ免疫のシステムを受動免疫と呼んでいます。
早産でうまれた赤ちゃんや他の病気を持って生まれた赤ちゃんの場合、RSウイルスに感染すると重症化しやすいため、これらの赤ちゃんにはRS流行期の直前からRSウイルスモノクローナル抗体の接種を行います。対象となる赤ちゃんは表1のとおりです。
RSウイルスモノクローナル抗体で現在利用できるのはパリビズマブとニルセビマブの2種類で、パリビズマブはRSウイルスの流行期に月1回で6~8カ月間投与されます。ニルセビマブは2024年5月に導入され、1回の投与で効果が6カ月持続することから、接種回数が少なくてすみます。どちらも大変高価な薬剤です。
RSウイルスの流行期は新型コロナが流行する以前は9月ごろから春先にかけてでしたが、新型コロナが流行し始めた2020年と2021年はRSウイルスの流行はありませんでした。その後2022年になってからはRSウイルスの流行パターンが大きく変化し、2023年は春から流行がはじまり、その年により、また地域により流行パターンが異なり、流行予測は困難になっているようです。
能動免疫とは病気にかかった後やワクチンの接種により自分自身が抗体を作って獲得する免疫のことです。
現在2種類のRSウイルスワクチンがあり、一つは60歳以上の高齢者用(アレックスビー®)で、もうひとつは高齢者と妊娠24週から36週までの妊婦用(アブリスボ®)です。
アレックスビーは臨床試験で妊婦に接種した場合に対照(ワクチンを打っていない人)に比べて早産が多かったとのこと3)と、アブリスボは妊婦に摂取した場合に大きな副作用がなかったことから、アブリスボが妊婦用として承認されました。
妊娠24週~36週の間にお母さんにワクチンを接種すると2週間以降には赤ちゃんを守る上で十分な量の抗体が作られ、できた抗体は血液に乗って胎盤を通って赤ちゃんに供給されます。この抗体は生後6カ月まで赤ちゃんを守ります。
RSウイルスワクチンを受けるとRSウイルスに100%感染しないということではありません。世界18か国で7000人の妊婦に対して行われた臨床試験では、ワクチンを受けたグループの乳児はRSウイルス感染症の重症化による入院を70%減らせたとの報告があります。ワクチンをうけていれば感染しても重症にはなりにくいということです。
RSウイルスワクチンの副反応(副作用)は注射部位の疼痛が一番多く(10%)注射部位が赤くなって腫れる等の症状は2~3%ありました。重大な副反応は認めず、発熱、疲労、頭痛、筋肉痛等の副反応はワクチンのグループと偽薬のグループで差はなかったということです5)。
早産傾向のある妊婦さんには24週になったら早めにRSウイルスワクチンを受けていただき、そうでない場合は、胎児発育の点から出生までの期間が短い妊娠28週から36週までにワクチンを摂取する方がさらに有効性が高くなると指摘されています4)。また妊娠28週以降であれば不具合が起こった場合に赤ちゃんが胎外でほぼ生存可能になります。当院では28週から36週の妊婦さんに接種しています。
ただ、接種してから2週間以内に分娩となった場合に赤ちゃんに十分な免疫が得られるかどうかは不明です。
母子免疫はお母さんにとっては能動免疫ですが、赤ちゃんにとってはお母さんに作ってもらった抗体をもらって感染予防に役立てるため、受動免疫になります。
当院では妊娠28週~36週の妊婦さんを対象として希望される方に、RSウイルスワクチンの接種を行っています。
当院に通院しておられない方も接種可能です。
接種は予約制で、火曜日の13時~15時に行っています。
希望される日の1週間前までにお電話、または受診時に予約をお願いします。
ワクチン接種費用は、29,590円(自費・税込み)です。
ワクチンを接種できない場合
- 発熱している(37.5℃以上)。
- 重篤な急性疾患にかかっている。
- ワクチンの成分である不活化したウイルスのたんぱくに対して重度の過敏症の既往がある。
- その他、かかりつけの医師に予防接種を受けない方がよいと言われた。
下記に該当する方は医師や看護師にご相談ください
- 血小板が少ない。
- ワクチン接種でアレルギーの症状がでた。
- 過去に免疫の異常を指摘されたことがある。もしくは近親者に先天性免疫不全の方がいる。
- 心臓、肝臓、腎臓、血液の異常を指摘されたことがある。
- 授乳中。
●RSウイルスワクチンを妊娠中に接種した方へ6)
RSウイルス感染症の予防のため抗体薬(パリビズマブやニルセビマブ)を投与する方法がありますが、妊娠中にRSウイルスワクチンを接種している場合は移行抗体によって乳児は守られるので抗体薬を出生直後の新生児に投与することは行っていません。また、RSウイルスワクチンの接種をうけたお母さんから生まれた赤ちゃんに抗体薬を投与した場合の安全性や副作用は明らかになっていません。このため、赤ちゃんが小児科受診時には必ずRSウイルスワクチンの接種の有無を正確に伝える必要があります。
RSウイルスワクチンを接種した場合は母子手帳の予防接種の記録、「その他の予防接種」の欄にシールを貼付しますので、小児科受診時には母子手帳を提示していただくようにお願いします。
文献
- Kobayashi Y,et al. Epidemiology of respiratory syncytial virus in Japan: A nationwide claims database analysis. Pediatrr Int 2022;64:el14957
- 齋藤明彦 日産婦医会報 2024;76 令和6年10月1日
- アレックスビー筋注用 添付文書 https://gskpro.com/content/dam/global/hcpportal/ja_JP/products-info/arex
- 日本産科婦人科学会ホームページ https://www.jsog.or.jp/news/pdf/infection03.pdf
- アブリスボ筋注用 添付文書
- 日本産科婦人科学会ホームページ https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20240627_kaiin.pdf
加藤 淑子 (かとう よしこ)
産婦人科 顧問産婦人科・周産期センター