卵巣がん・悪性卵巣腫瘍
2025年03月17日(月曜日)今月は卵巣がんについてお話をします。
はじめは卵巣の中にできた小さながんでも 放っておくとだんだん大きくなり、ほかの臓器に転移したり、大量の腹水がたまってくることがあります。
がんが小さい間は何も症状がありませんが、がんが進行して腹膜や他の臓器に転移すると腹痛や腹水がたまる原因となり始めて症状が現れます。
我が国では年間約13000人の女性が卵巣がんと診断されています。卵巣がんで亡くなる人は年間4900人ほどで、約60%の人が亡くなっていることになります。
ちなみに子宮頸がんは年間11,000人が診断され、2900人(26%)が亡くなり、子宮体がんは毎年18,000人が診断され、2800人(16%)が亡くなっていますので、卵巣がんは治りにくい病気と言えます。
卵巣がんは子宮頸がんや子宮体がんのように年々増加しているというわけではなく、罹患数はほぼ一定しています。卵巣がんと診断される年齢は50歳前後と60歳代後半にピークがあります。
良性腫瘍は手術で摘出するだけで、あとの治療は必要ありませんが、悪性腫瘍は進行の度合いにより再発を防ぐための術後化学療法や、そもそも手術ができないくらい進行している場合はまず術前化学療法を行ってから手術を行う等など、がんの進行期に応じた治療が必要になります。
一方境界悪性腫瘍は卵巣がんほど進行の度合いが早くなく、治癒の確率も高いですが、時に進行して命を脅かす場合もあります
卵巣がんは発生してまだがんが小さい時はなにも症状はありません。
それほど大きくならなくても、「卵巣腫瘍・卵巣のう腫―良性の場合―」で説明している茎捻転(卵巣腫瘍が子宮と骨盤漏斗靭帯を軸としてねじれる)や破裂(表面の皮が破れて内容液が漏れる)が起こると急激な腹痛の原因になります。
卵巣がんが少しずつ大きくなってほかの臓器に転移するようになれば、症状があらわれます。
腹膜に転移して腹水がたまるとお腹が張った感じ(腹部膨満感)や、下腹痛の症状が現れます。
このように卵巣がんの初期にはほとんど症状がないため、身体の異常に気付きにくく、症状が現れた時はがんがかなり進行した状態になっているため死亡率が高いです。
診断に用いられる検査には次のようなものがあります。
- 超音波検査(経腟超音波検査を含む):腫瘍の性質(液体がたまっているだけか、中に固形の部分(充実部)があるかどうか)をチェックします。充実部があると悪性の疑いがあります。
- CT検査:一度に全身を調べることができるためリンパ節、肺や肝臓に転移がないかどうかがわかります
- MRI検査:骨盤内の病変について詳細がわかります。
- PET検査:腫瘍が悪性かどうかの判断に役に立ちます。
腫瘍マーカーは補助診断でこれのみで卵巣がんを診断することはできません。
治療の効果の判定や再発の有無をチェックするのに役に立ちます。
腫瘍によってはマーカーが上昇しないものもあります。
最終診断は手術により摘出した卵巣の組織を顕微鏡で詳しく調べて診断します。
卵巣がんはその発生する元となる細胞によって大きく3つに分けられています。
50~60歳代に多く、卵巣悪性腫瘍の9割を占めます。卵巣の外側を構成している細胞から発生します。
顕微鏡で観察して組織型を確定しますが、つぎのような種類があります。
- 漿液性癌:卵管上皮の細胞に似ている。卵巣がんでいちばん多い組織型です
- 粘液性癌:粘液を分泌する細胞で、リンパ節転移は少なく抗がん剤は効きにくい
- 類内膜癌:子宮内膜細胞に似た細胞 子宮内膜症が悪性化した場合に多い組織型。
- 明細胞癌:顕微鏡で見ると細胞内に明るい胞体があります。抗がん剤が効きにくい。
- 悪性ブレンナー腫瘍:ブレンナー腫瘍は良性、境界悪性、悪性があり、悪性は稀です
- その他
10~20歳代に多く卵巣悪性腫瘍全体に占める割合は2%です。卵子や精子のもとになる原始生殖細胞が発生の母体です。
未熟奇形腫、未分化胚細胞腫瘍、卵黄嚢腫瘍、胎芽性がん、非妊娠性絨毛がんなどがあります。
化学療法がよく効く腫瘍です。
若い人に多いため、早期であれば将来妊娠できるように子宮と健常卵巣を残す手術を選択する場合が多いです。
卵巣悪性腫瘍全体に占める割合は7%でさまざまな年齢に発生します。卵子が入っている袋(卵胞)を形作る顆粒膜細胞や胸膜細胞、この周辺の間質系の細胞から発生します。
卵巣がんの中では漿液性癌の頻度が一番高く、その中でも高異型度*漿液性癌は卵管の細胞から発生するという説が一般的です。また、腹膜から発生する漿液性の腹膜がんも卵管がんと病理組織学的に似ていて、卵管がん由来であると考えられています。このため2020年に発刊されたガイドラインには卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療が、ひとまとめにされました。今まで卵巣がんと思われていた高異型度漿液性癌は卵管がんの可能性が高いわけですが、治療方法は卵巣がんも卵管がんも同じ治療になります。
卵巣がんは進行の度合いによってⅠ期からⅣ期に分けられます。
がんが卵巣にとどまっている場合⇒この時期に治療を開始(手術)すれば9割の人は治ります。Ⅰ期はⅠa、Ⅰb、Ⅰcの3つに分けられ、さらにⅠc期はⅠc1、Ⅰc2、Ⅰc3の3つに分けられます。
がんが骨盤内の臓器(子宮、卵管、直腸、膀胱、腹膜など)に広がっている場合
がんがリンパ節に転移しているか、骨盤を越えてお腹全体に広がっている場合(上腹部の腹膜、小腸、大腸、大網に転移している)
がんが肝臓や肺など遠隔の臓器に転移している場合
卵巣がんは進行の度合い(臨床進行期)や組織型により治療の流れが異なりますが、治療の基本は手術です。手術は卵巣がんの診断や、進行期を確定する重要な手法でもあります。
卵巣がんの手術は基本、開腹手術で腹腔鏡手術は勧められていません。腹腔鏡手術の場合は摘出した臓器を体の外に出すために卵巣を小さくつぶして出すためこの際目に見えないがん細胞がこぼれることがあり、それが再発の原因となるからです。
手術によって得られた卵巣がんの組織型と臨床進行期の情報は術後の治療法を決定するために必要です。
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんの治療のフローチャートを下に示します。
Ⅰ期の卵巣がんはがんが卵巣だけにとどまっているため、がんを完全に切除することが可能です。このためⅠ期の卵巣がんは治癒率が非常に高いことが特徴です。
手術は基本術式(子宮全摘出術、両側付属器摘出術、大網切除術)と進行期決定術式(リンパ節生検/郭清、腹腔細胞診、腹腔内の生検)の療法を行います。
- 子宮全摘出術
卵巣は子宮と卵巣固有靭帯でつながっており、がんが広がるリスクを減らすために、子宮を摘出します。 - 両側付属器摘出術
両側の卵巣と卵管を摘出します。がんが片側の卵巣にとどまっている場合でも、反対側の卵巣に転移することが少なくないため予防的に摘出します。 - 大網切除術
胃から横行結腸につながる脂肪と血管でできた膜(大網)に卵巣がんの転移が起こりやすいため、大網を部分的に切除して転移していないかを調べます。
- 腹腔細胞診
腹水があれば腹水中にがん細胞がいるかどうかを調べます。腹水がない場合は腹腔内を生理食塩水で洗浄し、液を回収してその中にがん細胞がいるかどうかを調べます。 - リンパ節生検
がんの広がりを確認するために、骨盤内および腹部大動脈、大静脈の周囲のリンパ節の一部を取り出して転移していないか検査します。 - 腹腔内の生検
播種が疑われる場所や子宮の後ろの腹膜、腸や腸間膜の表面からのサンプルを取り、がんの拡散をチェックします。
手術によって卵巣がんの組織型と広がりが確認でき正確な診断と臨床進行期が決定できます。
術前にⅠ期と思われていても、リンパ節転移が見つかればⅢ期になります。リンパ節転移はリンパ節を摘出して顕微鏡で検査しないと肉眼ではなかなかわかりません。
がんが卵巣だけにとどまっている状態で腹水や洗浄液のなかにがん細胞がいない場合(Ia期とIb期)は手術のみで治療が終了となります。
ただ、顕微鏡の検査(病理組織診断)で組織型が明細胞癌や高異型度の腺癌の場合、また腹水細胞診が陽性の場合(Ic期)は術後に抗がん剤による薬物療法が必要となってきます。いずれにしてもⅠ期の卵巣がんの患者の約90%が完治しています。
卵巣がんになる人の多くは40歳代後半~60歳代ですが、なかには20代、30代の若い人もいます。
このような若い人で将来妊娠を希望する場合には下記のような条件がクリアできれば将来妊娠が可能となるような手術方法(子宮と健常な卵巣を残す妊孕性温存手術)を選択できます。
組織型が明細胞癌以外で細胞の異型度が低い場合、かつ下記1.もしくは2.のいずれかを満たす場合
- 片側の卵巣だけにがんが限局していて卵巣の外には広がっていない場合(Ia期)
- 片側の卵巣だけにがんがあるが手術操作で敗れてしまった場合(Ic1期)
- 基本術式
片側付属器(卵巣と卵管)切除 大網切除 腹水(腹腔洗浄液)細胞診検査 - 進行期決定術式
骨盤・傍大動脈リンパ節生検(郭清)、対側の正常卵巣の生検
両方の卵巣にがんができている場合は卵巣を残すことができません。
また、Ia期とIc1期で異型度が低い場合でも10%前後の再発が認められ、再発した場合は子宮と残りの卵巣の切除が勧められます。ちなみに高異型度の卵巣がんの場合、臨床進行期がIa期でも子宮と対側卵巣を残すと30%前後(10人中3人)で再発を認めます。
卵巣から外に出てほかの臓器に拡がっているⅡ期以上の卵巣がんの治療も手術が基本になります。
この場合卵巣がんの基本術式(子宮全摘、両側付属器切除、大網切除)以外に系統的な後腹膜リンパ節郭清、他の臓器に浸潤、播種、転移している腫瘍をできる限り除去する、目で見て残っている腫瘍がない状態(完全手術)を目指して最大限の腫瘍減量手術を行うことが推奨されています。(一次的腫瘍減量手術)目で見て腫瘍はすべて切除できたと思われても目に見えないがん細胞が散らばっている場合がある、それが再発につながるため、手術の後は通常化学療法(抗がん剤による治療)を行います。
完全に腫瘍を切除することが不可能な場合は残っている個々の腫瘍が直径1㎝未満となるように腫瘍を切除すると、手術後の化学療法の効果が上がります。
卵巣がんが進行していて腫瘍の摘出が困難な場合は腫瘍の一部だけを取ってきて組織型の確定と最小限の臨床進行期確認にとどめる手術を行います。(試験開腹術)このようなケースには化学療法を行った後に腫瘍減量手術を行います(インターバル腫瘍減量手術)
早期の卵巣がんでも再発することがあり、また進行した卵巣がんであれば初回手術ですべての腫瘍を取り除くことが難しいため、薬物療法が行われます。
卵巣がんは組織型にもよりますが、薬物療法がよく効く腫瘍が多いのが特徴です。
薬物療法は化学療法(抗がん剤)が中心となっていますが、近年、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬が用いられるようになってきました。
卵巣がん手術後に初めて行われる化学療法を初回化学療法と呼んでおり、パクリタキセル(T)とカルボプラチン(C)の併用療法(TC療法)が標準治療とされています。
通常は3~4週間に1回 数時間かけて2種類の化学療法剤を点滴で投与し、これを4~6回繰り返します。治療にかかる期間は12週~24週です。
TC療法はパクリタキセルを3回に分けて投与する投与法もあります。この場合1日目はパクリタキセルとカルボプラチン、8日目と15日目はパクリタキセルのみ、22日目は休みで1コースが4週間かかります。
初回の治療後、いったん軽快しても再発する場合があり、その場合は初回治療終了後から再発までの期間により再度TC療法を行うか、違う薬剤を使用します。再発卵巣がんに使用される薬剤は次のようなものがあります。
イリノテカン、エトポシド、トポテカン(2025年2月現在供給量が減少しています)、ドセタキセル、リボソーム化ドキソルビシン他
化学療法剤は細胞の中に入り込んでDNAやその他の細胞内器官に作用して細胞分裂を妨害してがん細胞をやっつけますが、正常の細胞にも作用するため、さまざまな副作用がでます。
嘔気(むかつき)嘔吐、食欲不振、下痢、便秘などの消化器症状や手足のしびれ、脱毛などは高い頻度で起こります。自覚症状はなくても血液検査で白血球や赤血球、血小板の数が減少し、貧血や感染に弱くなる、出血しやすくなる等の症状が出現します。
- ベバシズマブ(アバスチン)
血管内皮増殖因子を働かないようにする(抗体)薬剤で分子標的治療薬です。初回化学療法からTC療法に併用して使用できる薬剤で、注射薬です。再発例に対しても使用され、副作用として出血、高血圧、蛋白尿、血栓塞栓症、傷が治りにくい、消化管穿孔などがあります。 - オラパリブ(リムパーザ)/ニラパリブ(ゼジューラ)
この2つの薬剤はどちらも細胞の中の遺伝情報をつかさどるDNAが壊れた時に修復に使われる酵素を妨害する働きがある分子標的治療薬です。この酵素はポリアデノシン5'二リン酸リボースポリメラーゼという名前でPARP(パープ)と呼ばれています。オラパリブもニラパリブもPARP阻害剤で、内服薬です。再発した卵巣がんの化学療法が終了した後でさらに再発しないようにするための維持化学療法として使用されていましたが、初回化学療法後の維持療法としても再発腫瘍の治療にも使用されます。オラパリブは初回化学療法後に使用する場合はがんの遺伝子の検査で相同組み換え修復欠損(HRD)が認められる場合に使用できます。いずれの薬剤も副作用は白血球減少、血小板減少、貧血、頭痛、めまい等があります。 - ペムブロリズマブ(キイトルーダ)
免疫は体の中に自分と異なるものが入ってきたとき(ウイルスや細菌など)これをやっつけようとする体の仕組みです。免疫細胞が暴走して自分の組織や細胞を傷つけることがあり(自己免疫疾患、リウマチや膠原病)、そのような場合はT細胞にある免疫チェックポイント(PD-1)を作動させることにより過剰攻撃が起こらないようなしくみになっています。
がん細胞は正常な自分の細胞と異なっているため、異なっていると認識できれば白血球(T細胞)が攻撃することができるのですが、免疫チェックポイントを利用してT細胞からの攻撃を逃れているのです。そこで白血球の免疫チェックポイントを作動させないようにする薬(抗PD-1抗体:ペンブロリズマブ)を投与すると、T細胞はがん細胞が攻撃対象であることを認識でき、がん細胞への攻撃が開始できます。この薬剤が免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれています。
卵巣がんの場合、ほかの治療では効かない進行、再発卵巣がんで癌細胞の遺伝子の検査で一定の条件を満たす場合(高頻度マイクロサテライト不安定性が認められる)にのみ使用できます。ただ、卵巣がんに対するペンブロリズマブの効果についてはまだ報告が少ないです。
副作用は間質性肺炎、腸炎、神経障害、甲状腺機能低下または亢進、肝機能障害等、従来の化学療法剤とは異なった副作用が出ることがあります。
加藤 淑子 (かとう よしこ)
産婦人科 顧問産婦人科・周産期センター